藤井聡太年表〜プロ入りまで〜

藤井七段の来歴を年表にしました。

2002年 出生

2005年 祖父母に買ってもらったキュボロに嵌る。1日中やっていた

 補足:幼稚園でモンテッソーリ教育を受ける

    子供が興味を持っていることがあったら徹底的にやらせてみる教育法。

    アンネ・フランク、ヘンリー王子も経験、ちなみにどうぶつ将棋を講演した藤田麻衣子さんも)

2007年 5歳で祖母から将棋を覚える。

     囲碁も同時に教わったが、祖父母に勝てなかったので飽きた。

         勝つことが面白かった。

         ピアノもやっていた。

         

 補足:親は環境を整えることだけ考えた。

          (1)ひらがなを覚えるよりも先に将棋の駒の動かし方を覚えた。

          (2)詰将棋の正解はわかっても解答が書けない。お母さんが代わりにノートに解答

          (3)母は息子がどれくらい天才か分かっていない。

         藤井が10分で解けたら三段の詰将棋の問題を10秒で解いた時の発言

  「息子はアマ四段ありますかね・・・?」

   (4)たまたま近くに将棋教室があった。

      同世代の強い子供が居た。

2009年 アマ初段に (倉敷王将戦の県予選で2位)

 杉本七段は藤井君は天才だと思った。杉本七段は藤井を内弟子(弟子が師匠の家に住み込みで修行する弟子)にしたいと思った。藤井を独占すれば杉本自身のレベルが向上すると思ったため。しかし師匠の色に染めたくないと思い断念。

2010年 (倉敷王将戦県予選優勝)

 17世名人の谷川九段と二枚落ちで対局、谷川さんは本気で勝負しに行った。普通はプロ側は適度に手を抜いて指すが、谷川九段は藤井四段の才能を見て本気を出した。結局谷川が入玉を果たしたので、引き分けを提案する。すると藤井四段は、盤を抱えて泣きわめいた。見るに見かねたお母さんが会場から引きずり出した。本人はそのことを全く覚えていない。

2011年 詰将棋で五十数手先まで読める

2012年 図巧を解き終わる。同年奨励会入り。

  ※小2で微積、小4で大学生向け専門書を理解するようなイメージ

2013年     龍馬が行くを読破

2014年     奨励会二段

2015年     奨励会三段

2016年     2016.10.1プロ入り

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